お盆休みが明けて3日。生活、全部戻っていますか? 私はまだです。
カロリー記録を3年続けてきた私ですが、今朝の時点で、カロリー記録も体重測定も筋トレも、まだ止まったままです。戻せているのは起床時間だけ。それでも、焦っていません。
結論から書きます。連休明けの生活は、全部いっぺんに戻さなくていい。戻せるものから、1個ずつでいい。私はそう考えています。
前回の記事では「連休中は記録を丸ごと止めていい」と書きました。今回はその続き、「連休が明けたあと」の話です。
連休明けに「全部一気に戻す」は、思っているより重い
連休明けの朝、「今日から全部元に戻すぞ」と気合を入れる。記録も運動も生活リズムも、一気に再開しようとする。よくある形だと思います。
でも、この「全部一気に」は、思っているより重い。仕事が再開したばかりで、頭も体もまだ休みモードを引きずっている時期に、いくつもの習慣を同時に立ち上げようとすると、どれも中途半端になりやすい。そして「今日もできなかった」が積み重なって、自己嫌悪だけが残る。そんなループに心当たりのある人は、少なくないのではないでしょうか。
しかも連休明けは、習慣を戻す前に「仕事に戻る」という一番大きな切り替えが待っています。そこにエネルギーを使っている時期に、記録も運動も同時に完璧へ戻そうとするのは、荷物を全部いっぺんに持ち上げようとするようなものだと、私は感じています。
盆明けのだるさやしんどさは3日目あたりに来る、と言われることもあります。ちょうど今日あたり、「戻せていない自分」が気になり始めるタイミングかもしれません。だからこそ、先に書いておきたいのです。全部戻っていなくても、おかしなことは何もありません。
私の現在地:戻せているのは起床時間だけ
正直に、今朝時点の私の現在地を書きます。
- 起床時間:連休中もほぼ同じ時刻をキープ
- カロリー記録:まだ再開していない
- 体重測定:まだ乗っていない
- 筋トレ:まだ再開していない

前回の記事では、「連休中は丸ごと止めていい」という私の型を書きました。でも今回は、連休が明けて3日たった今も、まだ戻していません。型があっても、そのとおりにいかない時もある。それでも大丈夫だと、これも隠さずに書いておきたいと思います。
止まったままなのに焦っていないのは、強がりではありません。毎回こんなものだと知っているからです。3年間、連休のたびに止めて、そのたびに戻ってきました。数日空いても、私の場合は戻り始めれば1〜2回で元の流れに戻る。その「戻り方」を知っているから、まだ止まっている今も、不安がないのです。
逆に言うと、もし戻り方を知らなかったら、私も今ごろ「早く戻さなきゃ」と焦っていたと思います。この記事の残りは、その「焦らなくていい理由」を順番に書いていきます。
起床時間さえ動かなければ、生活リズムの骨組みは残る
唯一守れていた、起床時間の話をします。今回の連休中も、私は普段とほぼ同じ時刻に起きていました。
私は起床時間を、一日のアンカー(いかり)だと考えています。夏の生活リズムは起床時間で立て直すと書いてきましたし、休日も同じ時刻に起きることを普段から続けています。
起床時間さえ動いていなければ、生活の骨組みは崩れていません。記録や筋トレは、その骨組みの上に乗っている習慣です。土台が残っているなら、あとは一つずつ乗せ直すだけ。全部が崩れたのではなく、「一部がまだ乗っていないだけ」。そう捉えると、連休明けの景色は少し違って見えます。
戻り方は決めてある。順番は決めていない
止まったままでも焦らずにいられる、もう一つの理由。それぞれの習慣に「戻し方の在庫」があることです。
- 体重測定:再開すると決めた翌朝、いつもどおり起きてトイレのあとに乗るだけ。連休中の分は遡らない(体重の測り方を含む、私の記録の運用はこの記事に)
- カロリー記録:アプリを開いたその日から再開。空白は埋めない(前回の記事の型そのまま)
- 筋トレ:同じ重量のまま、セット数と回数だけ減らして再開。私の場合、1〜2回のトレーニングで元の量に戻ってきました(休んだあとの再開のやり方)

そして、ここが今日いちばん書きたかったことですが、「どれから戻すか」の順番は決めていません。戻せるものから、1個ずつ。今日は体重計に乗れそうだと思えば乗るし、無理そうなら明日でいい。
順番まできっちり決めようとすると、それ自体がしんどくなる時があります。「まず体重から」「次に記録」と計画を立てて、計画どおりに進まなくてまた落ち込む。それなら最初から、順番は決めなくていい。戻り方さえ知っていれば、順番はあとからついてきます。
大事なのは、戻すハードルをできるだけ低くしておくことだと思っています。体重は「乗るだけ」、記録は「開くだけ」、筋トレは「量を減らして始めるだけ」。どれも最初の一歩が小さいから、気が向いた日にすっと戻れる。この身軽さが、3年続いてきた理由の一つだと感じています。
「まだ」は失敗じゃない
それでも、「まだ戻せていない」という状態に罪悪感を持ちかけている人がいるかもしれません。私も、最初の頃はそうでした。連休のたびに「止まってしまった」と感じていた時期があります。でも3年続けた今は、その罪悪感はありません。
罪悪感が消えたのは、意志が強くなったからではなく、捉え方が変わったからです。止めたのも、まだ戻していないのも、「崩れた」ではなく「選んだ」。連休の前に「例外」を先に決めておくという考え方を以前書きましたが、連休明けの「まだ」も同じです。自分で選んでいる限り、失敗として数える必要はないと思っています。習慣が続いているかどうかは、昨日今日の空白ではなく、もっと長い目盛りで見ていい。数日の「まだ」は、3年の中では小さな余白です。
もしこの先、本当に崩れてしまったと感じる日が来ても、戻り方は最小でいい。崩れた日に戻る最小リセットという考え方も、以前まとめています。
一つだけ付け加えます。連休明けのしんどさや眠れない状態が長く続く場合は、生活の工夫でなんとかしようとせず、医療機関や専門家に相談してください。私は専門家ではなく、この記事はあくまで体験談として書いています。
まとめ:全部戻さなくていい。戻せるものから1個ずつ
今日の話を3行にまとめます。
- 連休中も守れたのは起床時間だけ。それでも生活の骨組みは残っている
- 記録・体重・筋トレは今朝もまだ。それでも焦っていない
- 戻り方を知っていれば、順番は決めなくていい。戻せるものから1個ずつ
今日、何か1個戻せそうなら、それで十分です。何も戻せなくても、明日いつもの時刻に起きられたなら、骨組みは明日も残っています。私も「そのうち、戻せるものから戻るだろう」くらいの温度で構えています。
なお、「連休中の食事の帳尻をどう考えるか」は、また別の話です。これは近いうちに、改めて書きます。
この記事は、私個人の体験にもとづく話です。生活も体の状態も人それぞれで、個人差があります。あなたのペースで、戻せるものから1個ずつ。その材料にしてもらえたらうれしいです。
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