久しぶりの体重計が怖い|数字と向き合う再開ルールは3つだけ

昨日の朝、久しぶりに体重計に乗りました。数字は、増えていました。それだけです。身構えるようなことは、何も起きませんでした。

8月が終わって、今日から9月。生活が通常運転に切り替わる空気の中で、夏の間に体重計から足が遠のいたまま、乗れなくなっている人は多いのではないかと思います。増えているのが分かっているから、確かめたくない。乗るのが怖い、というより、乗って確定させるのが怖い。私も昔は、そうでした。

この記事は、私がブランクの後の1回目のために決めていた「再開ルール3つ」と、昨日の朝の実録です。数字そのものは書きません。この記事の主役は数字ではなく、怖さとの向き合い方だからです。

目次

体重計に乗るのが怖いのは、意志が弱いからじゃない

体重計に乗れない期間が長引くと、「自分はだらしない」と責めたくなります。でも、乗れないのは意志の問題ではないと私は思っています。乗りたくない理由がはっきりしているだけです。増えているのが分かっているから、それを数字で確定させたくない。気持ちの流れとしては、むしろまっすぐです。

しかも、9月に入ったばかりの今は「どうせなら、きりのいいところから仕切り直そう」という気持ちも出てきます。でも、きりのいい日を待つほど、最初の1回のハードルは静かに上がっていきます。これは数日前、筋トレの再開で私が実際に感じたことでした。体重計も、たぶん同じです。

怖さの正体は、数字を「失敗の証拠」として読む癖にあると思っています。体重計に乗った瞬間、夏の過ごし方を採点される。増えていたら、その場で有罪。そういう読み方をしている限り、ブランクが長引くほど体重計から遠ざかりたくなるのは、当然のことです。

私も昔は怖かった側です。記録を3年続けた今でこそ落ち着いていますが、数字に一喜一憂して振り回されていた時期はちゃんとあります。毎日の数字の変動との付き合い方は体重計の数字に振り回されない記録術に書いたので、この記事では「ブランクの後の、最初の1回」だけに絞ります。

再開ルールは3つだけ

久しぶりの体重計のために私が決めていたのは、次の3つだけです。

  • ① 盆前の数字と比べない。今日の数字は「現在地」として見る
  • ② 起床後・トイレの後。条件が揃った朝にだけ乗る
  • ③ 遡らない・取り返さない
久しぶりの体重計の再開ルール3つ: 盆前と比べない・条件が揃った朝にだけ乗る・遡らない取り返さない

①は、比べる相手を決めるルールです。久しぶりに乗るとき、頭の中には「最後に見た数字」が残っています。そこと比べて増えた減ったをやらない。今日の数字は、今日の自分の現在地。それ以上の意味を持たせません。

②は、乗る条件を揃えるルールです。私は体重を、起床後・トイレの後に測ると決めています。この条件が揃わない朝は、乗らなくていい。夜に思い立って乗る、といった例外をつくりません。

③は、空白の期間の扱いです。測れなかった日々を悔やまない。記録の空白を埋め直そうとしない。そして、数字を見たその場で、何かの計画を立てない。乗った、記録した、今日はそれで終わりです。

なぜこの3つで怖さが軽くなるのか

①で比べる相手を変えると、数字は「結果」から「情報」に変わります。盆前の数字と比べた瞬間、今日の数字は夏の過ごし方への裁きになります。でも現在地として見るなら、ただの位置情報です。地図アプリの現在地に落ち込まないのは、あの点に採点の意味が乗っていないからです。体重の数字は、つい意味を乗せてしまうだけで、読み方としては同じ側に寄せられると思っています。

②で条件を揃えるのは、ブレに振り回されないためです。体重の数字は日々細かくブレるものらしい、くらいに私は構えています。条件がバラバラだと、そのブレなのかどうかが読めなくて、1回1回の数字に意味を探してしまいます。同じ条件の数字だけを並べると、一喜一憂の材料そのものが減ります。揃わない朝は乗らなくていい、と決めてあるので、「揃うまで待つこと」も先延ばしではなくルールの内側です。

③が一番大事だと思っています。過去を取り返そうとした瞬間、記録は罰に変わるからです。罰になった記録は続きません。そもそも私は、数字で自分を管理していません。数字は自分を裁くためではなく、自分を知るための道具。この前提があるから、増えていた数字も怖くないのだと思います。

で、昨日の朝、実際に体重計に乗ってきた

数日前の夜、止まっていた筋トレを再開しました。筋トレが列の最後だと思っていたら、その後ろにもう1つ、体重計が残っていました。筋トレの次は体重計。順番を決めていたわけではありませんが、自然とそういう流れになりました。

そして昨日の朝、乗りました。数字は増えていました。受け止めは、本当に「今の現在地はここか」だけでした。

書きながら気づいたことが1つあります。あの朝の私は、上に書いたルールを1つも頭に浮かべていませんでした。「比べないぞ」と唱えたわけでも、「これは現在地だ」と言い聞かせたわけでもなく、気づいたら普通に乗って、普通に降りていました。3年続けると、ルールは「守るもの」から「体に染みているもの」に変わるようです。

怖さについても正直に書いておきます。少し前までの私は「怖さはまだある」と感じていました。それが昨日は、怖さらしい怖さはなくて、残っていたのは「面倒だな」くらい。「怖くなくなる日」が来るのを待ってから乗ったのではなく、乗り方を先に決めていたら、怖さのほうが先に薄まっていた。順番は、そちらでした。

乗った後に、何も変えなくていい

最後に、乗った後の話です。久しぶりの数字を見た日に、食事や運動を急に変えない。私はこれも決めています。数字を見た勢いで特別なことを始めると、その特別が続かなくなった日に、また体重計から遠ざかってしまうからです。

変えるとしても、「いつも通りに戻す」だけです。何かを新しく足すのではなく、盆前の日常に戻っていく。体重計に乗ることは、行動を変える合図ではなく、ただの定点観測です。

数字の読み方ビフォーアフター: 失敗の証拠として読むと怖い・現在地として読むとただの情報

連休の間は記録ごと止めたままでよくて、明けてからも全部いっぺんに戻さなくていい。この2つは前に書きました。体重計はその「戻す列」の最後の方にいていい存在で、乗った日から何かを頑張り直す必要もありません。そう考えると、最初の1回はただ「乗って、降りるだけ」になります。

まとめ:起きる時間の次は、体重計でいい

私の今回の再開の順番は、起きる時間→記録→筋トレ→体重計でした。体重計は最後です。ルール3つを、もう一度だけ置いておきます。

  • 盆前の数字と比べない。今日の数字は「現在地」
  • 起床後・トイレの後、条件が揃った朝にだけ乗る
  • 遡らない・取り返さない

今日から9月です。きりのいい日に構えて乗る必要はありませんが、もし「そろそろかな」と思えたら、条件の揃った朝に1回だけ、現在地を確かめてみてください。増えていても、それはただの位置情報です。少なくとも昨日の私には、そうでした。

最後に一つ。この記事はあくまで体験談として書いていて、数字との距離の取り方には個人差があります。体重や食事への強い不安、食べることへの恐怖が続くときは、一人で抱え込まず、医療機関や専門家に相談してください。それは体重計のルールより、ずっと優先していい話です。

あわせて読みたい

EXPLORE BY THEME

テーマ別に、もっと深く整える

この記事が気に入ったら
フォローしてね!

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

コメント

コメントする

目次